敗北を取りさうな細い声に変つたのに自ら気づいたから、突然家中に鳴り響く大声で、
「親父が、僕にさう云つたア/\。」と滅茶苦茶に喚いた。
「狂ひだ。」と母が云つた。
「貴様達が親父を殺したも同様だ。」達といふのは周子をも含めて、清親が云つたのだ。
「さうだ。」と母も云つた。
「俺は周子如き女に甘くはないんだぞ。」彼は真心から叫んだ。清親や母は、周子にそゝのかされて彼が母に反抗するのだ、といふことを蔭で云つてゐるさうだ。
「手前の女房に馬鹿にされる奴も、まさかあるまいよ。」清親は憎々気な冷笑を浮べてせゝら笑つた。
「それぢや何故、俺のことを蔭で、そんなに云つた。……卑怯な奴等だ、そんな連中は、母とも叔父とも思はない。」彼は口惜しさばかりが先に立つて、言葉が出なかつた。
「女房さへあれば、いゝのか。」清親は更に嘲笑つた。
「…………」
 彼の極度に亢奮した心は、またふつと白けて、おどけて芝居のことを思つた。若しこれが新派劇だつたら、俺の役は一寸好い役だな! して見ると母も清親も、この儘舞台に伴れ出したら相当の喝采を拍すだらうよ――などゝいふ気がすると同時に、彼はわけもない冷汗が浮んで、心は虫
前へ 次へ
全53ページ中49ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 信一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング