彼に、厳しく促されて、挨拶だけ済すと、待せてあつた俥で帰つて行つた。「あとからお蝶の方へ来いよ、お蝶の方へ。」そんなことを、玄関に出た時まで彼に伝へた。父の俥の音が消ゆると、一同はドツと笑ひ声を挙げた。
彼等が帰つた後も、晩酌の時になると父は屡々嬉しさうに彼等の噂をした。斎藤からはその後何の返事もなかつたが、彼は父にはさうは云はなかつた。その後たつた一度東京で彼等に会つたが、誰の口からも一言も小田原の話は出ないので、彼は寧ろホツとした。彼は、父が死んだ時、友達のうちで父を知つてゐるのは彼等だけだつたが、誰にも通知は出さなかつた。
「自家《うち》の親類は皆な薄情だから、俺に若しものことがあると困るのは貴様だけだぞ。どんな相談相手だつて自家にはないよ……」
父は、よくそんなことを云つて彼に厭な思ひをさせた。
[#5字下げ]六[#「六」は中見出し]
「貴様などは長男の資格がないんだ、親不孝奴! 親の葬式の始末も出来ない癖に……」
清親はさう云つて一気に彼を圧倒しようとした。
「俺が死んだつて、後の始末なんて誰にもして貰ひたくないツて、――」彼は胸が涙ぐましく詰つて、危く清親に不覚の
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