云はれたこともある。六七人来た。彼等と酒を飲んだのは、彼は始めてだつた。その晩は「批評会」は止めようと、彼等の一人が云つた。
 彼等は、直ぐに酔つた。彼は、珍らしいことには何時までも酔はなかつた。彼が好む学生気分の少しもない連中で、「俺はボーナスを幾ら貰ふ」とか「扇風機を買はうと思つてゐる」とか、また「日本の文壇なんて相手にしまいぜ」とか、主に彼等はその場限りの話に打ち興じてゐた。その最中に、すつと下手の唐紙が開くと、そこに羽織袴の父が、かしこまつて一礼してゐた。彼は、ハツと胸を衝かれた思ひがした。
「僕、△△新聞の斎藤茂三郎。」少ばかり酔つたひとりがさう云ひながら、父の傍へ行つて、
「あなたがタキノのお父さんですか、お父さんとは見へませんなア。」
「どうして袴なんかはいて来たの? 何処かの帰り?」彼は赤い顔をして、そつと父にさゝやいた。誰が命じたのか彼は知らなかつたが、父の会席膳も用意されて来た。
「タキノも東京へ来んけりや駄目ですぜエ、こんな田舎に引ツ込んでゐちや……」
「どうぞ、よろしく。」
「田舎も稀には好いですがなア、血気の青年が親の傍に居るなんて……」
「さうですとも/\。
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