つたんだね。」
「僕、新聞記者は嫌ひになつてしまつたからさ。」
「ぢや、何になるんだ。」
「来年あたり欧洲へでも行きたい。」彼はてれ臭くなつて出放題を云つた。
「一二度行つて来るのも好からう。」父は常に自分が外国で永く暮したことを鼻にかけて、こんな話になるとワザとらしい淡々さを示すのだつた。自分は東京へ行くのさへ億劫がる癖に。「俺も来年は一寸行つて来やうかな。」
 彼は、わざ/\同人連中を迎へに東京へ出かけた。汽車賃がかゝるから厭だと云つて半分の者は、いざとなると止めてしまつた。残りの五六人が来た。その時周子は、河原や石黒といふ名前を知つたのだ。父は、そんな[#「そんな」に傍点]ことは明らかにせずにお蝶の家の方に招待しやうぢやないかと云つたが、彼は、余り打ち溶けてゐない友達だつたから遠慮した。その頃彼は海へ近い方に、独りで勉強と称して新しい家を占めてゐたので、其処に泊つて貰ふことにした。
「借金をしたつていゝから、大いにやつてくれ。」人を招くことの好きな父は、調子づいて、母に厭な顔をされた。
 毎月の同人雑誌に出した創作の批評をする会合なのだ。会合の宿を一度も彼はしなかつたので、厭味を
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