在世当時の幾つかの場面を追想した。それは皆な、低級な新派劇に見受ける光景と大した差違はなかつた。
……事業熱に浮されてゐるお調子者の父親、母親はうわべ[#「うわべ」に傍点]では旧家の格式を重んじ、夫や悴を古風な教育に屈服させようと努めるのだが、夫は彼女を軽蔑してゐた。
「十何年も外国で暮して来た男だ、妻を棄て子を棄て、家財を蕩尽して――。家柄もへつたくれもあるものか、家《うち》の方が一級下の身分なんだつてよ、そんなことを鼻にかけてる阿母なんだ。」彼女の夫は悴に、酔つてそんなことを云つたこともあつた。「やきもちやき[#「やきもちやき」に傍点]なんだよ、/\、いゝ年をして……」
そんなことを父が喋ると、面白がつて笑ふ彼だつた。そして独りの心で、憂鬱になる彼だつた。彼は、既に嫁を娶つてゐる年輩の不良青年で、頭にも腕にも何の覚えもなく、漫然と父母の膝下に生きてゐた彼だつたから、父が妾を持つて家庭に風波が起つても、母の命令で父を迎へに遊里へ赴くことを、内心寧ろ花やかに思つてゐた。
こんなこともあつた。
「随分遅いなア! また迎へに行つて来ませうか。」母思ひらしい口振りで彼は云つたが、肚はあ
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