んだよ。」
「悪い/\、お母さんがしつかりしてゐらつしやるうちは……」
お世辞かな! と彼は邪推した。何としても彼には、この女将が彼の母をそんなに好く思つてゐるとは考へられなかつた。
「僕はね、この間君が阿母の見舞に来てゐたところを傍で見てゐた時、可笑しくつて仕様がなかつた……」
うつかり彼は、そんなことを云つて取り返しのつかぬ思ひをした。家庭のボロ[#「ボロ」に傍点]を好い気になつて喋つてゐる自分の姿を考へて、救はれぬ思ひをした。それにしても、若し何処かに自分のやうな男があつて、傍からさんざんに其奴を煽てて、聞手になつて、その破境を眺めてゐたら、さぞ面白いだらう――などゝ思つた。
「家の阿母は何処がしつかりしてゐるかね?」
彼は、微笑を含みながらさう云つた。
「通つてゐますよ――」
「だつて君は、さうは思はないだらう、……通つてゐるんなら有り難いが、少くとも君の眼に映じた彼女の印象はどうだ?」
「もうお酔ひになりましたね。」
彼は、未だそんなに酔つてはゐなかつた。ほんとうに彼は、この女将の見た自分の母親は、いゝ加減彼の軽蔑観と一致するだらうと思つてゐるのだつた。
彼は、父の
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