親と母が、父が居る時分でも、父が留守だと、父を冷笑的に批評してゐたのを知つてゐた。
「御挨拶をしなさい、挨拶を――」
母は事更に言葉をそこに引戻さうとして、彼に詰つた。
「厭だと云つてゐるぢやないか。誰がくそ――」
彼は洒々として天井に顔を反向けた。親父の兄弟の悪口なら喜んで聞く癖に……何が礼儀だ。
「岡村清親なんて出しや張るな!」
「叔父をつかまへて呼び棄てにするとは何事か!」清親はカツと口を開けて怒鳴つた。母は眼眦を逆立てゝ彼を睨めた。
――斯うなれば何と悸かされたつてビクともしないぞ――彼はそんな力を容れた。
「貴様が家をあけて、誰が家のことをすると思ふ、清親叔父さんだからこそ斯うして親切に面倒見て呉れるんだ。自家の兄弟なんて幾らあつたつて、役に立つ人は何もないぞ。」
母はキンキンと響く声で滔々と喋り始めた。その言葉の内容の如何に係はらず、この種の母の文句を耳にすると、彼は無性に肚がたつのが癖だつた。理性もなにもなく、たゞ嫌ひな料理を無理矢理に鼻の先へ突つきつけられるやうな嘔吐感を催すのだ。
「生意気な口をきくなら、何から何までキチンと自分で始末したらどうだ、手紙一本だつ
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