。」
「厭なことだ。」彼はさう云つて、凝と清親のたるんだ頬のあたりを視詰めた。彼が母方の者に斯ういふ態度をしたのは始めてゞ、その為に清親や母が何れ程自尊心を傷けられたか? と想像すると彼は愉快だつた。だが胸の鼓動は異様に高かつた。宮原は、あつ気にとられて切りに煙管をひねつてゐた。
 清親と母は軽蔑された憾みを火の如く烈しく炎やしてゐるだらう……さう思ひながら彼等の亢奮の上句蒼ざめた顔色を、等分に眺めた彼は「馬鹿奴、こゝのところは俺は親父とは違ふんだぞ!」と云つたつもりの力を込めた。
「何しに帰つて来たんだ。」余程気が転倒したと見へて、清親はまた同じことを繰り返した。
「自分は何しに来てゐるのだ。フヽンだ。」
 彼は茶飲茶碗に酒を注いで、一息に飲み下さうとしたが、とても不味くて、そんなことは出来なかつた。彼は、たゞ狐のやうな虚勢を示すばかりだつた。今迄は清親と会へば、いつも行儀よく膝も崩さず、「叔父様」と呼び「私」と称してゐた彼だつた。それも母の教育で、彼女は自分の身内に対しては飽くまでも厳めしい礼儀を強ひるのだ。それもいゝだらう、それならば何故此方の者のこともさうしないのだ……彼は、清
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