て満足には書けない癖に――お金の勘定は誰がして呉れたと思ふ? 誰が……」
彼には母の言葉がはつきり聞えなかつた。耳も頭もガーンとしてゐるばかりだつた。用ひ古したレコードの雑音を聞くやうな不快を覚へるだけだつた。
母も母なら、清親も清親だ――眼の前でそんなに母から労力を吹聴されて、てれもせず平気でゐられる清親風情奴! などと、彼は思つたりした。清親は、母に代弁させてゐるやうなつもりで、厭に得意らしく、頤をしやくり上げた儘済してゐた。
「叔父さんにお礼を云ひなさい。」
「誰が頼んだ! 余外なお世話だ。」彼は叫んで、一寸立ちあがり、ドンと一つ角力のやうに脚を踏み鳴して、直ぐまた坐つた。徳利位ひ倒れるかと思つたのに、徴兵検査は体量だけで落第し、それ以来五百目も増へない十一貫なにがしの彼の重味では清親の盃の酒さへ滾れなかつた。
「貴様などは自家《うち》に帰る資格はないんだ。何処へでも出て行け。」と臼のやうに肥つてゐる清親は叫んだ。
「俺の家だ。」
「私の家だ。」一言毎に母は清親に味方した。成程この家は、母のものださうだ。そんなことはつい此間まで彼は知らなかつた。――俺は阿母にだつて出来るだけ
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