彼は念をおした。清親といふのは彼の母の二つ年上の兄だが、彼はこゝで「叔父さん」といふのが業腹だつたので、わざと長たらしく姓名を呼んだのだ。
「私が一処だから大丈夫さ。」宮原は彼を伴れ帰りさへすれば役目が済むとでも思つてゐるらしい無責任な調子だつた。宮原は彼の父が在世時代から、彼の家の細々した走り使ひなどをしてゐた父より余程年上の年寄である。一寸宿屋の番頭のやうな型の男で、カラお世辞が巧みで、父の居た頃は彼は殆ど言葉を交したこともなかつた。
「話だけは、はつきり決めて置かなければなりませんよ。その上でならあなたは東京へ行かうと、自分の好きなことをやらうと差支へありません。」
「話とは何だ? 好きなことをやらうとやるまいと余計なお世話だ。それに、もうこれからはそんな余裕のある身分ぢやない。」
「そんなことあるものですかね、あなたさへ確りしてゐれば、安心なものさ。」
「僕は何も心配なんてしてはゐない、確りするもしないも、僕は僕だ、……」
「若いうちは、元気があつて羨しいね。」
「チエツ! 何云つてやがるんだい。」
宮原はどんな酷いことを云はれても怒らない男だつた。それをいくらか彼は、附け込
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