母や周子たちが困つた顔をするので、それでも私は行きたくつて堪らず、とうとう彼等を偽つた私は、テニスのシヤツ一枚でラケツトを担いで、自転車に飛び乗つて、こゝに駆けつけたことさへありましたつけね、お客人や芸者達に私はあの時随分キマリの悪い思ひをしましたが、あなたは平気で、少しも笑ひませんでした。笑はないあなたを反つて私は可笑しく思つたりしましたぜ――。
 まア、そんなことはどうでもいゝんだ。あなたは貧乏になる時の私を大変心配してゐたらしいが、そんな臆病は今の私にはすつかりなくなつてゐます、……あなただつてほんとは貧乏だつたんぢやないですか! あの時分は……。
 彼は、そんな他愛もない文句を、とりとめもなく思ひ浮べたが、それはたゞ徒らに喫す煙草のやうに何の心に懸はりなく、心は白く漠然と明るく澄んでゐるばかりだつた。
 お光は、精一杯喉を振りしぼつて、※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]のやうな叫び声を挙げて、切りに太鼓を打ち続けた――。
 お光、お前も可愛想だよ、馬鹿/\しいからそんなに精を出すのを止めろよ、何としても俺ぢや駄目だぜ。お前達もこの先どうなつて行くのか? そしてこの先この
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