[#「ふて」に傍点]くさりながら、ニユツとひよつとこ面をつくつて、周子の鼻先へ突きつけた。
「死んでしまへツ!」周子は金切声を挙げて叫ぶと、思はず彼の頬を力一杯抓りあげた。女が、さういふ形で極度に亢奮したのを見ると彼の心は全く白々しくほぐれてゐた。そして、得体の知れぬ快さを覚えた。
 彼は、もつと/\周子を怒らせてやりたくなつて、にや/\と笑ひながら、
「理屈はいりませんから、先づ第一にお金を先に返して貰はうかね、エツヘツヘ……」
「お金は返せば済むことです、私が享けた恥はどうして呉れますか?」
「御尤も/\。――だが二万円は一寸好いね。あゝ、思つても好いね……」さうふざけて云つたが、ふと彼はわれに返ると、頭は夢のやうにとりとめもなく煙つてゐるばかりだつた。
「あなたが、そんな見下げ果てた了見だからあたし独りが家中の者から馬鹿にされるんです。あなたは自分の妻といふものに対して、一体どういふ考へを持つてゐるんですか、それから先に聞かせて貰ひませう。」
「あゝ、面白い/\。」彼は、妙に花やかな気持になつて、ふらふらと立ちあがつた。
「お光、俺と一処に踊らう/\。――周子も、もう止せ/\、…
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