彼の胸に、もう一つ別な心が浮んだ。……困つたとは何だ! 何でもを自分のものと考へるのは図々しいや……そんな風に思つて彼は、一寸母をセセラ笑つた。そして母が今迄周子に執つた態度を回想して、あれぢや周子が口惜しがるのも無理はないと思つたり、また母から見たら、さぞさぞ周子までが心憎いことだらう、何と浅はかな母親よ――などゝ思つて反つて母に同情を寄せたりした。
「あの親父は、実に酷い奴ですね。」彼は、軽い遊戯的な気持だつた。
「だから御覧なさい、周子だつて似てゐるところがあるぢやないか、あの子はなか/\怖ろしい心を持つてゐるよ。」
「どうも僕にも気に喰はないところが!」
「あれぢやお前が時々疳癪を起すのも無理はないと私は思つてゐるよ、生意気だつたらありやアしない! あんなのが女優志願なんてするんぢやないかしら!」
「志願したつて仕様があるものですか、あの顔に白粉を塗つたらのつぺら[#「のつぺら」に傍点]棒だ――」
「クツクツク……」母は、嬉しさうに芙つた。「まつたくね! 遠国の者は気が知れないからね。」
「もつとも彼女《あれ》には悪い気はないですよ、悪気でもある位なら、いゝんだが……」彼は巧み
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