て夥しい疳癪を起すのだつた。そして、そんなに古臭い、彼の母でもが云ひさうな文句を叫んで、何の罪もない周子を虐待した。口先でばかり巧みなお座なりを喋つて、娘の縁家先などを餌食にした周子の父親の心根を想像すると、その片割れである周子の色艶までに憤懣を起したりした。「男ならば、それであればこそキレイな親情を示していゝわけだ。」周子にそんなことまで云はれたこともあつた。
 つい此間、彼が母と共に父の書類を整理した時、遇然周子の父親の名前になつてゐる借金証書を発見して、二人とも唖然とした。自分勝手に周子などゝいふ女と結婚したのが、父や母に対して慚愧の至りに堪へぬ気を起したりした。
「周子の家の方は、一体この頃どうなつてゐるんだらう?」母はいくらか彼に遠慮しながらそんな風に訊ねた。
「どうだか僕は、少しも知らない。」彼は不機嫌に呟いだ。尤も彼も母も、前から周子の父親があまり質の好くない人間であることは薄々知つてゐた。
「あんな家は駄目だ、失敬だ、……俺に対して失敬だ。」彼は常規を脱した声を挙げて、母に媚を呈した。
「どうも困つたものだ。」母はさう云つて、見るからに不快気な、棄鉢な格構をした。すると
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