う。」
「あなただつて云つたぢやないの。」
「黙れ、貴様の了見は下品だ――第一俺は手前の阿母が、これまた気に喰はないんだ、あのペラペラと薄つペラな唇を突き出して愚にもつかない自分好がりの文句を喋る格構は想像したゞけでも鳥膚になる――アヒル婆アだ、貴様も好く似てゐる……」
「自分の阿母さんは、どうだ。」
「…………」
 お蝶と百合子が、まアまアと云つて彼をなだめたが、彼は諾かなかつた。
「貴様の親父は悪党だ! 金を返してくれ、金を返してくれ、あの紙屑爺のおかげで家では二万円も損をした。」
「うちのお父さんのおかげで、あなたのお父さんは借金することが出来たんだ、あなたのお父さんみたいな無頼漢は、小田原でさへちやんとした人は相手になんてしませんよ。」
「さうだらうよ、さういふ人のところに、巧みな甘言を用ひて附け込んだ貴様の親父は、悪漢だ。質が好くないといふものだ。手前えなんぞは何処の馬の骨だか解つたものぢやないぞ!」
 初めのうちはそれ程無気になつてゐた彼ではなかつたが、ふと二万円といふ言葉が浮ぶと、父が死んで以来心の調子の狂つてゐる彼は、そんな種類の金のことなぞを耳にしても、かツと取り逆せ
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