は、悪いことだが――」と口のうちに弁解しながら、
「俺は、実は彼等をあまり好んでゐないのだ。」と云つた。それは彼の、小人らしい卑しい自尊心だつた。正直な心では、寧ろ斯う云ひたかつたのだ――俺のやうな男とは、彼等の方がほんとには附き合つて呉れないのだ、普段ぴよこぴよこしてゐる罰で、斯んな時には惨めなものだ。
「そんな考へだから駄目なのよ、そこのとこだけは没くなつたお父さんは偉かつたんぢやないの。随分大勢の人が出入りしたが、誰とでも親しく、そのことをお母さんからあんなに厭がられても、誰にだつてお父さんは厭な顔なんて見せたことはないぢやありませんか。」
「死んだと思つて、讚めるな。」
「あなたの心は曲つてゐる――。お父さんが繰り反し/\云つてゐた通り、お蝶さんの方と家を持つたのは、あれは確かにお蝶さんの為ばかしぢやないのよ、確かにお客の為よ、自家《うち》だとお母さんが厭な顔をするもので……」
「俺ア、手前んとこの親父は大嫌ひだ。」
「今は、あなたのお父さんの話をしてゐるところぢやありませんか。」
「熱海へ行つてゐる時分、貴様は俺の親父の悪口ばかし云つてゐたらう、顔を見るのも厭だなんて云つたら
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