から、金銭などを念頭に置いてゐられる場合ぢやないとか……。
「事業はお父さんで懲りないのか。」
「僕だつて一つ位の事業はやりたいものです。万一僕が一つや二つの事業に失敗したからとて、それが何です。親父は幾つとなく事業をやつて皆失敗したぢやありませんか、僕だつて僕だつて……」
「そんな資本金はもう家にはない。」
「親父が皆な費つてしまつたんだ、阿母さんだつて一処になつて面白い思ひをしたに違ひない。一等馬鹿/\しいのは僕だけだ。」清友亭位ひで少々費ふのが何だ――彼は、母が意に留めてゐないところにこだはつた。
「……」母は、あきれて横を向いた。そして唇を噛んだ。
[#5字下げ]四[#「四」は中見出し]
彼は、お蝶に酌をされながらチビチビと酒を飲んでゐた。縁側には、五月の明るい陽が一杯射してゐた。周子は、眠つた子供を抱いて、お蝶のことを姐さん/\と称んでゐる若い芸者の百合子を相手に、縁側の隅で呑気な雑談に耽つてゐた。彼が清友亭へ来て以来、一週間近くにもなる。酒に飽きると、稀に彼は母の家をのぞいたが、一時間も居ずに引き返した。いつの間にか、周子も子供を伴れて此処に来てしまつたのだ。
「あた
前へ
次へ
全53ページ中22ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 信一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング