だらうが、お前は学校を卒業してから、もう何年になると思ふ、学校を出た年には新聞社へ務めた、その時だつて学生時分に比べて月々三倍も余計なお金を取寄せた、その後何年か家にごろ/\してゐたが……」
「止して下さい、止して下さい、何をして来やうと、それでやつて来られたんだから好いぢやありませんか……」家のものは凡て俺の物なのだ、母親などが女の癖に、既に一人前の男に生長した長男に向つて、兎や角云ふのは非礼なことだ――彼はさういふ図太い了見を示した。その種の返答は、父の在生中は母に向つておくびにも云へない彼だつた。今となつたら少しはこの俺を尊敬したら好いだらう、第一実印をこの俺に渡さないといふのからして間違つてゐる……彼は、そんなに思つたりした。
「此頃はまた東京だ、東京と聞くとゾツとする、女房や子供は家に置きツ放しで、何をしてゐるんだか解つたものぢやない……」
 母が一寸無気になつて、さう云ふと、彼は意地の悪い笑ひを浮べた。――勿論、何をしてゐるか解つたものぢやないよ、東京へ行けば独りでのうのう[#「のうのう」に傍点]と出たら目な享楽に耽つてゐるんだぞ。――彼は、母を脅迫したつもりなのだ。地震で
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