斯うなれば最早自分が父の代理が務まるから、決してお前の身の立たぬやうにはしない――彼は、さういふ意味のことをそれとなくお蝶に伝へたつもりなのだつた。
「若旦那ひとりが、頼みです。」お蝶は眼を伏せて微かに呟いだ。
彼は何の分別もない癖に、そんなことを云はれると、何となく自分が出世したやうな喜びを感じて
「阿母などが何と頑張らうと、僕は既にわが家の主人公なんだからなア。」などゝ云ひながら尤もらしい顔付をして、ゆるゆると煙草の煙りを吹き出した。
「無論ですわ、奥さんが若旦那に相談をしないといふ法がありませんよ。」
お蝶は、斯ういふ風に彼の母を非難すると彼が益々有頂天になるのを知つてゐた。お蝶や今迄父のところへ出入してゐた北原や石川などゝいふ老人を前にすると、彼は無暗と概念的に母を攻撃するのだつた。
蔭ではそんな風にするものゝ、彼が家に帰つた時母がいろいろと――例へば、持家は悉く焼けて仕舞つたこと、地代は震災以来一つもあがらぬこと、父が莫大な負債を残して行つたこと、それを銀行に何と始末することか、方々に投資した財産を何うして回収すべきか? お前はもう東京へは出ずに家の後始末をしなければな
前へ
次へ
全53ページ中18ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 信一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング