それで?」
「それで今日来たといふわけでもないんだがね……」
 彼は、さつき使ひを頼んで、お蝶に来て呉れるように云つた。お蝶は、彼の家へ手伝ひに行つてゐるので今直ぐには来られないが、といふ返事だつた。
「東京からお客様ださうです。」
「ふゝん。」――叔父達だな、と彼は思つた。
「今日はお帰りになつた方が好いでせう、お忙しいんでせう。」
「生意気云ふな!」彼は首を振つた。女将は、失笑を堪へた。――「来られないんなら、夜でもいゝから来て貰はう、さう云つてやつておいてくれ――兎も角芸者を大勢呼んでくれ。今晩は俺は家には帰らないんだよ、誰が迎へに来ようと帰らないんだよ。阿母が迎へにでも来れば面白いがなア……」

[#5字下げ]三[#「三」は中見出し]

「五六日うちには、屹度帰つて来るから……」彼はさう云つて息を一つのんで「安心してゐていゝ。」と付け足した。
 お蝶は、黙つて点頭いた。
「僕にだつて相当の了見はあるんだから――」彼は更にさう云つた。ところが、相当の了見、そんなものは可笑しい程さつぱりと何んな形でゞも彼は持ち合せてゐなかつた。
 母や親類の者共が、どんなにお前を排斥したからとて、
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