らう? 似合ふかしら? 似合はないだらうな。修業をすればなれ[#「なれ」に傍点]るかね? だが何としても親父のやうに、事業にかこつけることが出来ないのは、弱つたなア!」
 冗談にせよ、父親を引合ひに出したのを、女将は一寸あきれたらしかつた。彼は、自分が如何程武張つて、そんなことを云つたところで何の自分にそんな身柄のないことを知り抜いてゐるのだが、独りで斯ういふ処へ出入することが、自分にとつても不自然な気持を起させない位ひにしたかつたのだ。
「ハツハツハ……五十三で死んでしまつては親父も気の毒には気の毒だが、それもまア好いだらうさ、あと十年生きたところで僕が親父を嬉しがらせることがあるとは思へない。……尤もさういふ考へ方はあまり好くはないが――」変にすらすらと彼は口を切つたが、終りに近づくと愚図/\と口のうちで、ごまかしてしまつた。
「今でもトン子さんのことは、思つてゐらつしやるの?」
「あゝ思つてゐるね、大いに思つてゐるね。」
 それ程でもなかつたが彼は、やけにはつきりした声を挙げた。だが、さういふと同時にふつと周子のことが浮んだ。結婚してもう四年になるか! わけもなくさう思つた。

前へ 次へ
全53ページ中16ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 信一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング