利いた心の働きを持つてゐる彼ではない。)けれど、父のそんな性質を好きがつたり、尊敬したりする程の孝行な悴ではなかつた。父が若少し続けようとすると、
「そんなことは、もう聞きたくもありません。」
 母は、語尾に傍から見ると、実に異様な力を込めて云ひ放つた。……「どうせ親がろく[#「ろく」に傍点]でもないんだから、子供だつて……」
 彼は、アツ[#「アツ」に傍点]と思つた。――ひとり自分はいゝ子になつて、具合よく母を瞞著してゐたつもりだつたら、やつぱり母にはこの俺の心根が見へ透いてゐたのか!
 さうは気附いたものゝ浅猿しい彼は、憤ツとして口をとがらせた。父は、その彼の心の動きを悟つたらしく、寂しさうな苦笑を浮べて、貴様がこゝで阿母に逆ふのは浅はかの至りだ――といふ困惑の色を現した。
「帰ると仕ようかね。」父はさう云つて、冷くなつた盃をグツと飲みほした。
 彼は、後架にたつた。袂で顔を圧へたお蝶が、廊下の、庭に面した薄暗い窓の隅に凝ツとたゞずんでゐた。

[#5字下げ]二[#「二」は中見出し]

「僕がかうやつて、……」彼は、軽い冗談でも云つたつもりで、ひようきんに胸を張り出した。
「どうだ
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