父の味方だつたに違ひない。「奥さんや若旦那の心持にもなつてあげなさい。――」
彼は思はず首を縮めた。そして、怖ろしい顰ツ面をしてゐるものゝ何となく間の抜けてゐる父の横顔を、そつと偸み見た。――「阿父さんは芸者などに大旦那/\なんて煽てられてイヽ[#「イヽ」に傍点]気になつてゐるんですよ。」いつか彼は母にそんな告げ口をして、母を厭がらせてやつたこともあつた。
女将にさう云はれると、さすがに父も吾に返つて気拙さうに苦笑した。で一寸静かな調子になつて、
「貴様が斯んなところに出しやばるといふ法がないんだ。――折角の賢夫人も笑はれ者になつてしまふぞ。」
「僕が悪かつたんだ。僕が阿母さんを無理に此処に伴れて来たんだ。」と彼は云つた。
「この年になつて何が楽しみで斯んなところへ遊びになんて来るものか。」父は彼には見向かず、母に稍々ねんごろに話した。その種のことは折々父が沁々といふことで、それは彼には嘘とは思はれなかつた。尤も父の喋ることは、どんな馬鹿/\しいことでも、それはそれなりに感情を、彼の如く偽つたりすることはないらしい――彼は常々父をさう思つてゐた。が、彼は、露悪家ではない(それ程気の
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