「もう少し待たせられゝば泣き出すところだつたぞ。」
「それツ、突喚だ。」
などと口々に呼はりながら三人の男が跣足のまゝ一散に駆け寄つて来た。
馬車は、不思議な酒宴を載せて悠々と堤を進んでゐた。勿論皆が馬車に乗り切れるわけのものではない。馬車の轍に従つて、歩みを運びながら盃を持つて腕をさし伸してワイ/\と、打興じながら村を指して進んで行くのであつた。
「この分ぢや、村に着くと大事な樽が空になつてしまふかも知れないぞ――」
「何だつて、ケチ臭いことを云ふない。何処で飲んだつて、何うせ飲んでしまふ酒ぢやないか。そつちの袋には何が入つてゐるんだい御馳走を出せ。さかなを出せ。」
「この馬車に一番幌をかぶせて――行き処定めぬキヤラバンとしてしまつたら何んなものだい。」
「駄目だよ。ドリアン(馬)の奴は、ちやんと心得てゐて、打つちやつて置いたつてこの通り――あの悲しい村へ俺達を運んで行くぢやないか。」
「ハツハツハ……悲しい村か。――何を云つてやがるんだい。」
誰の声やら、誰の言葉やら一向定めもつかなかつた。遥か向ふの小山の上に月が昇つてゐた。峠の松の木が、はつきりと見えた。真実少しばかりの酒
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