早くマメイドに引きあげよう。」
 僕が斯んなことを云ひながら背中の袋を取り降ろしてゐると、また後から駆寄つて来る馬車があつた。御者は、野菜畑の小作人であるBであつた。
「あゝ俺は悲観した。この馬車に野菜を山と積んで市場へ行つたが、その売上金では、辛うじて一日の食費の他には煙草も一つ買へぬといふ仕末だ――ともかく興奮剤を一杯飲ませて呉れ。」
 皆が馬車の上で、がや/\してゐると馬は手綱もとられずに、のろ/\と堤の上を歩きはじめてゐた。
「Dさん、居るのか?」
 左手の畑の方を向いて誰やらが呼ぶと、番小屋の中から、
「お前達の帰りを此処で待つてゐるんだよ、」と、太い声の返事があつた。
「ウヰスキイがあるぞ――早く来ないか。」
 Hが斯う叫ぶと、その番小屋の向ひ側にある納屋の扉《ドア》が開いて、
「俺も行くぞ――」といふ声がした。右手の川べりで釣糸を垂れてゐた者もあつたのか、そこからも、
「待つてゐました!」
 などといふ声がかゝつた。
「日本酒の樽も一つあるぞ。」
 Tが気勢をあげた。赤い灯が燭《とも》つてゐる納屋の裏手にある草葺屋根の障子がガラ/\と開くと、
「随分待たせやがつたな。」

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