で、Tを中心にして冗談を云ひながら堤に添つて歩いてゐると、後から、
「おーい、おーい!」
 と声を限りに呼ぶ者があつた。
 振返つて見ると、もう姿は見えぬほどの薄暗であつた。が、提灯が一つ高くさゝげられて、此方に向つて切《しき》りにゆら/\と振まはされてゐた。橋の欄干に凭つて提灯の近づくのを待つて見ると、水車小屋のRの馬車であつた。
「皆が町に来たといふのを聞いたので俺は、停車場の近くで一時間も待つてゐたんだよ。」
「市場の首尾は何うだつたの?」
 大学生のHは、そんなことをRに訊ねた。
「大失敗だつた。――俺の顔色、好くないだらう。」
「いゝや、大変に勝れた顔色だぜ。」
「それは――それは、君達が、で道でも違つて先へ行つたのかと思つたから、大急ぎで馬を飛ばせて来たせゐだらう。あゝ、つまらない/\、折角働いても、斯んな態《ざま》ぢや何をする元気も出ないや。」
「R君、愚痴を云はないで元気を出したまへよ。此処に君の好きなブラツク・エンド・ホワイトが一本あるから栓を抜かう。食糧品屋の番頭が、主人に内緒で呉れたんだよ――皆馬車の上に立ちあがつて一杯|宛《づゝ》の興奮剤を飲んで、ともかく一刻も
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