を載せた馬車の到着で、この賑はひ、この騒ぎ、この悦び――である。
「凱旋のやうだな……」
僕はいつの間にか陶然として、洋盃《コツプ》を持つたまゝそんなことを呟くと胸をひろげて山の上の月を眺めた。
「皆に気づかれないやうに、だん/\にスピードを速めないこと、メイちやん。」
「えゝ――。斯んな変な騒ぎのおつき合ひは御免ですものね。急に、パツと鞭をあてゝ駆け出したら、あの飲助連中が何んなに吃驚りするでせう。やつて見ませうか?」
細君とメイ子は、いつか御者台に並んで腰をかけてゐた。
「面白いかも知れないわね。でも、堤《どて》の間は危いから街道に出たら、突然やつて見ませうよ。」
二人がそんな悪だくみをしてゐるのが不図僕の耳に入つたが、僕は、この不思議な瞬時の感興をさまたげらるゝ惜しさを覚えて、今宵は何故かわが心、幻想涌きて限りなし――といふヨハンの歌をうたひながら手風琴を弾いた。それに伴れて、細君もメイ子もそして酒飲連も一勢に声をそろへて、月の歌をうたつて、面白気であつた。
街道にさしかゝる頃は、おそらく酒が尽きる時分であらうから、ドリアンが駆け出せば返つて都合が好いだらう――などと僕は
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