が何となく、たゞならぬ様子だつたから僕等は荷物を其処に置き放しにして置いて、
「何だ、何だ?」
「何うしたのだ?」
「悪漢でも現れたのか?」
などと口々に叫びながら駆け寄つた。
雑貨商の隣りは、一軒の見すぼらしい古物商であつた。――メイ子は勢急に僕の腕をとつて、そこの店の前に誘ひ、
「あれ、あなたのぢやない?」
と、片隅にある皮の袋を指差した。「あなたのラツパに違ひないわ。」
「さうだ。俺のホルンらしいな。」
私は、つまらなささうに呟いた。十年も僕が使ひ慣れた真鍮のラツパ・ホルンである。僕は、別段何の愛着も感じなかつた。が、つひ此間まで自分の所有品であつたものが、商店の店先にそんな風に転げてゐるのを見ると、つまらぬ滑稽感を覚ゆる――などと思つた。
「あの、ちよつと――お留守ですか?」
メイ子が奥に向つて呼んだ。年寄つた店の主が現れた。そして私の顔を見ると、明るい微笑を浮べて、此方が未だ何も云ひ出さないうちに、ホルンの、片端にS・Mといふローマ字が誌してある皮袋を指差して、
「これですか?」
と云つて、眼くばせをしながら何が可笑しいのか笑ひを堪へてゐるやうな表情をしてゐた。―
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