月八日
午に迎えた少数の招待客は、日が暮れないうちに、大方引きあげて行つた。――自分は、とう/\昨べは徹夜をしてしまひ、その儘起きてゐるのだが、眠くなかつた。
酒も飲まなかつた。
「阿母さんは今でも、日記をつけてゐますか?」自分は、何気なく、親し気な追憶家のやうな調子で訊ねたりした。
「えゝ。」と、母は点頭いた。
「ずうつと、続けて?」
「まア……」と、母は微笑した。
「休んだことはないの?」
「……でも、昔のやうにも行かなくなつたよ。ほんの、もう――」
「さうかねえ……昔からのが皆なとつてありますか。」
「あるだらう。」
「随分沢山あるだらうな。……何処にしまつてあるの?」
「あまり古いのはたしか長持……」
「稀に、読み返して見たりすることもありますか。」
「滅多にないが、稀には――」
「面白い?」
「馬鹿な――」
「いつまでも残して置くつもり?」
「いまに一まとめにして焼き棄てゝでもしまはうか? と思つてゐる。」
「何故――」
「だつて邪魔ぢやないか。」
そんなところまで話がすゝんでも母は、それが他人に読まれるであらうといふ考へはないらしかつた。
「お前は、どう?」
「………
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