]トツプ(Spin a top)などゝ棒読みした。自分は、独楽のことをアートツプと覚えた。
 日記は誰も他人が見るものではないから、お前も自由につけるが好い、思つたこと、出遇つたことを善し悪しに関はらず隠さずに誌すのだ。
「私も、さうしてゐる。」と自分は母から教へられたが、一月以上つけたことはなかつた。自分は、日記帳を絵で汚してゐたが、母は決して自分のそれに手を触れなかつた。それが証には、時々、つけてゐるか? を訊ねられて自分は嘘をついたが、嘗て露見した験はなかつた。そして、毎年自分も一冊づゝ与へられた。口にこそ云はなかつたが、吾々は、日記は、見せるべきものでなく、見るべきものでもないといふ観念に不自然でなく慣れてゐた。
 吾々には、置き忘れても日記を他人に見られるといふ不安はなかつた。
 あの儘の手文庫が、雛箱の蔭に別段あれ以上に古くもならず、手持好に艶々とした光沢を含んでゐた。
 藁に縋るやうな自分の眼は執拗にあれ[#「あれ」に傍点]に惑かされた。
 また、自分は腕を伸した。だが、蓋に触れた自分の手先きは、激しく震えて如何しても自由にならなかつた。可笑しい程、蕪雑に震えた。

 三
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