のかえ。デレ/\して近寄つたりしたら小気味好くはね飛すに決つてゐるさ。」
「それは、ほんとうか、そんな場面があつたこともあるのか?」
私は仰山に訊き返した。何故なら私は、九十人乗り、六十馬力、東洋一の大エレベーター――それほどのものを、乙女の身で、いとも朗らかに、(三十分宛の交代だから、別段疲れることもなく、寧ろ他の受持よりも愉快であるさうだ。)運転してゐる態《さま》を見て最も健全なる魅力を感じたので、是非ともゲーテの手帳に署名を乞ひたく思つたのであるが、誤解されるおそれがあると思ひ直したからである。
「あらうと無からうと、誰もそんな下らぬ場面を想像した者もあるまいさ。」
樫田は云ひ返した。今度は私が顔の赤くなる思ひに打たれずには居られなかつた。
七階の昇降機の扉の前で怪し気な挙動を繰返してゐた男は、私の中学時代の友達の樫田であつた。
六十馬力の大エレベーターは樫田の会社が拵へたのである。
「国産品だよ。」と彼は云つた。
「ねえ、樫田――」
と私はネクタイの形を直しながら質問した。「あのリフトの昇降の速力は、乗員の数に寄つて常にまち/\だが、標準は何れ位の速さなんだ?」
す
前へ
次へ
全23ページ中10ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 信一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング