臣が不慮の災禍を蒙つた時の、何かの雑誌で読んだ実見者の記事のことなどが思ひ出されて、あしのうらが冷たくなる感がした。
とも角彼奴の眼つきは尋常ではない――私は、そつと、その男の背後に忍んで更に注意した。
四
私がその時の怕《こわ》かつた感想を洩らすと樫田は、真ツ赤になつて、悲しさうに眼を伏せてしまつた。
「兎も角俺は、此奴、怪しい奴だと思つて懐ろの中で拳を固めたぜ。」
私は、意地悪くそんなことを云つた。「漁色の悪漢といふのは就中紳士態を装ふた男が多いといふ話ではないか。――あゝ[#「あゝ」に傍点]は云つたものゝ無論大それた犯人とは思ひもしなかつたが、婦人をつけねらふ不良の徒ではなからうか? とは思つたね。聞いた話であるが或種の不良の徒はあゝいふ盛り場などに出入して、働く乙女の健気な様に魅せられ、様々な甘言を以て誘惑しようとする者があるさうだね。だから此奴、屹度|昇降機《えれべーたー》のジヤンダークでも見染て、毒牙をといでゐる奴に相違ないと見極めたね。」
「馬鹿々々しい。そんな話はおそらく出放題だらうよ、あんな働き振りをしてゐる勇敢な娘達が、そんな奴の手になんて乗るも
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