ると工学士は、突然グツと胸を反らせ、
「うむ――それだ!」
と実に重々しく唸つた。「空が三十五秒――満載が、三分、往復で……」
彼はこれだけ説明したゞけで、何となく憤とした顔つきに変り、間もなく静かに眼を瞑りながらハイボールの洋盃を撮みあげると、己れの胸から頤に平行に徐に頭の上まで吊りあげながら、
「俺はその時差の短縮に没頭してゐるんだよ。近々彼処にあと二台の同型が備へつけられるんだが――俺はこの仕事を単独で、それまでに完成したい念願なんだ。何しろお前今のまゝでは一回の往復に三十銭足らずの動力費がかゝるんだからな。」と云つた。
私も彼のコツプと同じ高さまで自分のをまたエレヴエーターのやうにおもむろに持ちあげ、
「その仕事の完成を祈るぞ。」といつた。昭和通りの露地にあるアラスカの山の名前をとつた酒場である其処のスターであるお光さんは私が作る叙情詩の愛誦者である。
五
昇つたり降つたり――。
樫田は、夢でも、昇降機より他はない! と繰り反しながら、洋盃《こつぷ》をそのやうに上げ下げして、苦心の程を語つてゐるうちに、感傷家になつてしまつた。そして自分は何んな部屋にゐて
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