も、ちよいとハンドルを廻すとそれ[#「それ」に傍点]がスースーと上下する想ひにばかり打たれてゐる、昨夜の夢では、月世界と地獄を往復した――などゝ沈鬱な表情で呟いだ。
「それはさうと、お光さんの姿が見えないやうだが……」
 私は、花束と目白がことことゝ動いてゐる小箱を持つてゐた。花束は先程三越の七階へ赴いて買つて来たフリジアである。目白は何時か酔つた友達が仲通りの街角で買つたと云つて――その頃私はその友達と作品の批評のことから仲違ひをしてゐたが、握手をして、小鳥を空に放つて、爽々しくなつた事があつたので、お光さんが若し不気嫌であつたら、詫の言葉と共にこれを放つにしくはない! と考へて、大道を探して買つて来たのである。私は、お光さんと、或日、テル子といふおば[#「おば」に傍点]さんや吾家《うち》の細君も共々に活動を観に行かうといふ約束をして、賛成されてゐたのであるが、風を引いて二十日近くも外へ出られなかつたのである。お光さんは期待してゐたに違ひないのだが私は、明日は/\と思つてゐたので電話も掛けなかつたのである。
 お光さんのことを口にした時、酒場の人に思ひ出されて、其処の気附で来てゐる私
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