宛の署名のない手紙を渡された。封を切つて見ると、
「あたしは結婚しました。」といふお光さんの手紙であつた。そして、結婚をして今は幸福であるが、そんな幸福には満足出来さうもない、やがてまた酒場の女になるであらう――といふ風な猛々しい放浪思想が窺はれる意味が誌されてあつた。
「おい、先程から質問の具合が何うも尋常ではないと思つてゐたんだが、お前も、昇つたり降りたりのエレベーター病にとり憑かれてゐるんぢやないか。その眼の瞑り具合で俺にはお前の頭の中が、はつきり解るぞ。」
 さう云つた樫田の声で私は目を開いて見ると、私は小鳥の箱を胸先きに構へて、洋盃のやうに、そして昇降機のやうに静かに上げ下げしながら首を傾げてゐたのであつた。――なるほど、さう云はれて見ると、小鳥の箱は、月世界に着いたかと思ふと、一分半で奈落に降り、1、2、3……の指針灯の明滅が星の瞬きに見えて、昇つたり降つたり、止め度がなかつた。乗つたり降りたりする客の中に、お光さんの姿が見えた。栄吉君もゐた。テル子もゐた。林ドクトルもゐた。樫田もゐた。そして、何時の間にか私が愉快な運転手であつた。
「やあ、面白い/\……何云つてやがるだい
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