、彼奴は何だ、何を俺の面ばかり見てゐやがるんだ、ハツハツ……」
「おや/\、オツなことを云ふね。手前のすることが気障ツぽくて少々疳が高ぶつてゐたところなんだぞ。」
 不図私の眼の前に赤鬼のやうに怖ろしい顔の巨漢がぬつと胸を突き出した。私はその男の熱い熟柿の吐息を顔に感じた。
「馬賊のピストルといふのは俺のことだ。この界わいではちつたあ顔が利いてるピストルの前で何処の唐変木か知らねえが余り気障な寝言を吐いて貰ふめえぜ。一体手前は何処の何奴でえ!」

     六

 私は、昇降機がスイスイと天上する面白さに恍惚として、お光さんの夢を追つてゐたところだつたので、そんな親父の啖呵なんて耳にも入らなかつた。親父は再び一隅の自分の座に戻つて、両眼をすゑて、さも/\憎たらしげに此方を睨めてゐるのだが、陶酔者の頭なんてものは、我ながら思へば不憫なもので、それも、何だか此方のしぐさをたゝへて、感心してゐる者のやうに思へたりしてしまふのであつた。――さう云へば、もう其処は先程の酒場ではなくつて「大関」のナダヤであつたのだ。此処は去年の夏頃友達の小林秀雄に依つて知らされたのみや[#「のみや」に傍点]で、二
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