快をもつて、所望するのであつた。
「あんたは何うしたつてえのよ。変な声出すの止して頂戴よ、馬鹿々々しい。」
「斯ういふことが、流行つてゐるのを、知らないのか?」
私は、仰山なあきれ顔を示した。――「今度、この屋上にベビー・ゴルフが出来てゐるから、署名が済んだら行つて見ない?」
「あゝ、妾、歯が痛くなつてしまつた。何うしよう?」
テル子は箸を投げ出して、顔を顰めた。
「ぢや此処の歯科室に案内するからサインして呉れ。」
「此処の歯科室ツて何なの?」
「知らないだらう。友達の兄さんが其処に務めてゐるんで僕は、此間うちずつと通つてゐたんだよ。」
「ほう! デパートに歯医者があるなんて、滑稽だわね。」
負け惜みを云つてゐるテル子を私は得意になつて案内した。デパートの歯科室は外国にも例がないらしい――と私は友達の兄さんである林さんから訊いたりした。
私は、その六階の窓から顔を出して、河岸ふちの平べつたい赤煉瓦の製麻会社の建物と日本橋とだけが、地震前の儘である――などと思つた。あの赤煉瓦の建物が出来た当座、テル子と伴れ立つて西河岸の縁日に散歩に来た時、側面から見るのと、橋の上から見るのとでは
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