が藤田五郎といふ自称の「馬賊」といふことを私は、この宵にはじめて聞かされた。
「おい、そんな鳥の箱なんて此方に寄越せ、どうもお前えがそれを持つてゐると、眼つきが気になつてやれきれねえ。」
藤田氏は、おでんの鍋から串にささつたうで玉子をとり出して、之でも喰《くら》へ! などと強制した。いつか私達は、たこやす、おでん屋の段といふ長い名前の家に紛れ込んでゐた。此処には何時も私達はバアを追はれる時刻になると、飲み足りなさ、語り足らなさ、空腹さを抱いてよろけ込む家である。酒通の友人美浦君の言に依ると此家の生烏賊の何だつたかは推賞に価する逸品の由であるが、私の出鱈目の口は何時でもその玉子ばかりを貪る。藤田氏はそれを知つてゐると云つた。私には珍味だ。
「外を通つたら声が聞えたのよ。やつぱしさうだつた。」
私が串ざしの玉子を構へてゐるところに、私の細君とテル子がのぞいた。テル子の夫君も一処だつた。
「よしツ、橋を渡つて向ふ側に行かう、朝まで飲まう! なんて云つてゐたのは誰?」
テル子が此方には通じぬ皮肉気な笑ひを浮べながら囁いた。
「案内しませうか?」
テル子の夫が附け足した、葭《よし》町の花
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