としたのなら何んなものだらう?」
竹下の声は不安に戦いてゐた。
誰も気づかなかつたが、さつきから八重の父親が泉水の向ふ側で水の上の落葉を拾つてゐた。そして此方の話を聞いてゐたと見へて、網の竿で水を叩きながら、
「なあに――若しもあなた方がリリイを使ふんだつたら御自由ですとも――決して、未だ篠谷に譲り渡したわけぢやないんだし……そんなら今のうちだ。」
と独り言のやうに呟いた。
「よしツ――ぢや、俺が、リリイの騎手になつて、太一郎と戦つてやらう!」
滝本は、窓から、未だ朝露に濡れてゐる庭石の上に飛び降りながら叫んだ。
この村の競馬といふのは主に、その馬の持主が騎手になつて出場するといふ――奇妙な風習であつた。馬も亦、決して専門の競馬用のものではなくつて、普段は野良に出て田を耕したり、馬車を曳いたりしてゐる労働馬を並べて、一種独特の地方色に富んだ競技を戦はすのであつた。それで、それ程の老体でもなかつたが騎手になることの出来ない堀口は、秘かに騎手の物色に余念がないわけなのであるが、それは明らかに反則行為の筈である。騎手は、持主か、でなければ、その家の家族の一員でなければならぬ掟であつ
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