や置いて行きなさいな。何れ私が、立てゝ置きませうよ。」
「それぢや困るんだよ。私の責任上――」
「ぢや、御自由になさいよ、何時出発しようと、余計なお世話だ。」
二人の険悪な様子を眺めてゐた百合子は、苦しさうにして逃げ出して行つた。
「君は、此処や裏の蜜柑山などを自分のものと思つてゐると大間違ひだよ。」
「――散歩だ。」
滝本は、相手になることを止めて靴を穿いた。彼は、石段を夢中で駆け降りた。言葉や事柄は別にして滝本は、堀口の姿を通して連想する母親の幻に敵《かな》はなかつた。
「何処へ行くの? 憤つてしまつたの?」
百合子が追ひかけて来て、滝本の背中を叩いた。
「憤つたわけでもないんだが――」
「ぢや、悲しいの?」
「あんなこと云はれると、無理にも僕は此処に我ん張つてゐてやりたいやうな気がしてくる――そんな、反杭心が自分ながら醜くゝ思はれてならないんだ。」
「止めなさいよ――。妾、さつき、あんた達の睨め合つてゐる物凄い顔が、馬鹿気て見えたので、いきなり、このラツパを二人の後ろで吹いて、吃驚りさせてやらうと思つて、ね、あんたのお部屋から持ち出して来たのよ。妾が、後にそつと忍んで行つた
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