かつくるわ。小父さんは何がお好き?」
こゝの家では滝本と年寄の二人暮しであつた。滝本の父親が、母と別居して久しい間住んでゐた海辺の家である。
百合子が、ぼんやりと暮れかゝつて行く海を眺めてゐる滝本の背後から、肩にぶらさがつて、ぐる/\回つて呉れ――などと面白がつてゐるところに、
「はい、今日は――」
と云ひながら庭から入つて来た男があつた。そして百合子の様子を、不思議さうにジロ/\眺めながら、
「ちよつと――守夫君」
と滝本を木蔭の方に招んだ。父親が没なつた後、母親の依頼で様々な家うちのことを整理してゐるといふ、五十歳前後の堀口剛太といふ遠い縁家先の者である。
「此処で関《かま》ひませんよ、私は――」
「では――」
堀口は幾分てれた調子で、
「こんなものを、此処の家の前に立てることになつたんだが、まさか、君が斯うしてゐる処に立てるのも余りと思ふのだが、何うしたものかね、お母さんは関はないと仰言るんだけど――」
と云ひながらトンビの袖の中から「売地、売家、興信銀行」と書いてある板切をとり出した。
「東京に行く日が解つてゐれば、それまで保留しても差支へはないんですが――」
「ぢ
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