てゐて頂戴な――」
ローラが化粧箱を叩くので、滝本はシートを向ふ前に座り直して額ぶちでもさゝげる見たいに鏡をその顔の先に持ちあげた。――そして滝本は、しげ/\とローラの顔を眺めてゐた。ローラの碧い瞳に、自分の顔が小さく映るのが窺はれさうになる位ゐ眼近に、ぼんやりと娘の顔を眺め続けるのであつた。
……さうしてゐると滝本は、止め度もなく不可思議な人生の、奇抜な因果観念に襲はれてならなかつた。異様な冷たさを湛へた不意の新しい血潮が激しい勢ひで身内を流れはじめたかのやうな変な震えを覚えた。さうかと思ふと、全く心には何の衝動もなく、たゞ珍らし気な人形に接してゐる見たいな白々しい心地に誘はれたり、夢遊的な面白さに駆られたりした。そして、たゞ妹といふ常識的な観念が何うも切実に響いて来ない憐れつぽいやうなもどかしさに追はれて敵《かな》はなかつた。
「ローラさん、日本語を用ふのは骨が折れますか?」
さつき滝本が話したのと違つて、ローラはあまり日本語を用ひないので百合子が左う、大分に教室的英会話風に訊ねると、ローラは気の毒さうな顔をして、殆んどもう忘れてしまつたから、これから精々プラクテイカルに聞き
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