念の撮影などして、一行の列車は西へ向つた。
 あの時ローラを抱き降ろして来た肥つた紳士は、ローラの街のミドル・スクールの博物の先生でウヰルソンといふ博士ださうだつた。一年ばかり前からローラは、ウヰルソン先生の標本室に助手を務めて、自活の道を立てゝゐたさうだつた。
 支線の車に乗り換へると、ローラも涙に沾《ぬ》れた顔を直すために※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]ニテイ・ケースを膝の上に取りあげると一心になつて鏡をのぞきはぢめた。
「妾のフランク――」
 とローラは滝本を称んだ。この前に合つた時に、二人の父親がアメリカ人の友達の間でフランク・タキモトと称ばれてゐたことを思ひ出して――これからはお前のことを左様称ぶよ――とローラが勝手に決めてしまつたのだつた。その時滝本は、村井の小説の話を持出して、この頃村では、互の名前をパトリツクだとか、セブラ、オーソニイ、そしてダビツトだとかに称び代へてローマンスの夢に耽つてゐるところなので、今度は自分がフランクとなつても驚きもしない――などゝ突然大きな声で、わけもなく嗤ひ出しながら点頭いたりした。
「此方側に回つて、妾がお化粧をする間、これをおさへ
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