た。その手の先は微かに震へてゐた。極彩色の、現実離れのした綺麗な男女の滑稽な痴態の有様が村井の繰り展《の》べる巻物の中で行列を成してゐた。
「つまらない――」
 と滝本は云つた。滝本は、斯る類ひの草紙は、余程予猶のある場合に美術的に鑑賞する以外には、興味もなかつたので、静かに村井の腕を引いて、母家へ促した。
「先程《さつき》俺達が此処へ来て見ると、これが――」
 と村井は尚も未練がましく、散乱した草紙類を振り返りながら「このまゝ、此処に行灯の下に展げ放しにしてあるんだよ。つい先程まで確に誰かゞ眺めてゐたに違ひないといふ風に、……」
 彼は、恰で酒にでも酔つてゐるかのやうに常規を脱《はづ》れた声の調子だつた。「それあ、お前、誰だと思ふ、いや、誰が、此処で、これを眺めてゐたと思ふ?」
「そんな事何うでも好いぢやないか。お前は大分何うかしてゐるぞ、馬鹿だな!」
 滝本は、仕末の悪い酔つ払ひをあしらひ兼ねるように手古《てこ》ずつた。
「あゝ、俺は実に悩ましい、この次に此処に踏み込む俺の唯一の目的は、あゝしてあの行灯の下で……」
 そんなことを唸つて恰で生体ないかのやうな酔つ払ひ見たいな村井を滝
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