影に煙りのやうに翻りながら汀の廻廊を折れ曲つて見る/\うちに闇の中へ吸ひ込まれて行つた。――自分に気づいて見ると滝本は未だちやんと剣術道具に身を固めて、面を被つてゐたから、その鉄格子を透して眺めるせいか、稍ともすると一つの物のかたちが二つにも三つにもなつてチラチラした。彼は竹刀を小脇にして欄干に脚を掛けたまゝ、暗闇の中で百合子の復命を待つてゐた。
五分、十分……と凡そ二十分近くも待たされたかと思はれる頃ほひ、其処から恰度泉水を越へて真向にあたる遥かの部屋が、突然ぱツと明るくなつた。丸窓のある――「あれは百合子の部屋ぢやないか」と滝本が呟いた時、向ふの端から順々の座敷に一勢に灯が燭《とも》つて、直ぐ眼の先の茶室までが急に明るくなつた。滝本は思はず身を退いて、書院の中へ秘れた。彼は激しい鼓動に襲はれながら、竹刀の束に手をかけてゐた。――と、また座敷中の灯りは一|時《どき》にスヰツチを切られて、丸窓だけが大提灯の様に向方の闇の中に浮んでゐた。
窓から姿を現したのは百合子だつた。
「もう誰もゐないのよ。――あの人達二人は急に気分が悪くなつてとつくに帰つてしまつたんですつて――葡萄酒を見つけ
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