した。――滝本は、何故、思ひ切り好く郷里を棄てることが出来ないのか? 自分ながら判断がつかなかつた。
「ローラのことだつて、阿母にだけは未だに隠し通してある。親父は、二十年隠し通して、更に秘密を僕に譲つたわけだが――」
不図滝本は、そんなことを云つた。百合子達だけには、古くから滝本は「秘密」を明してあつた。
「まあ、これ、ローラさんの写真――妾、見違へたわ――守夫さんのお得意の西部劇にでも出て来る女優かしらと思つたわ。」
百合子は滝本の卓子《テーブル》から置額を取りあげた。
「去年の夏のだつて――」
ローラは、アメリカ人を母に持つ滝本の妹である。そして今、七年振りで日本を訪れようとしてゐる。
滝本が、家うちの話などを初めると、
「妾、そんな深刻めいた話、厭《きら》ひだわ。」
と事もなげに百合子は一蹴した。
「ローラを何ういふ立場に置いたら好いかしら、と思つて――」
「奇智《ウヰツト》が必要なのね。」
と百合子は、勿体らしく首を傾げた滝本を冷笑した。滝本の一見真面目らしい、責任感などは、結局何うすることも出来ない架空の感傷だ――と百合子は思つた。母親の財産を掠奪してゞもローラ
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