速武一君を伴れて来て……」などゝ慌てゝ、目配せをするといふ始末だつた。
「それはもう妾がとうに兄さんに訊ねたわよ。兄さんはお父さんに渡してあると云つてゐたわよ。」
「恰で話が合はんな!」
堀口は、思案が尽きて腕組をするとぐつたりと首垂れてゐた事もあつた。
「お父さんは、ひよつとすると、あんな風な癇癪持ちだから河の中へでも棄てゝしまつて知らん顔をしてゐるのかも知れなくつてよ。」
百合子が自分も不安さうにして斯んな事を云つた時には、堀口等は思はず異口同音に、失敗《しまつ》たなあ! と長大息を洩したものである。それから彼等は寄々相謀つた揚句、合鍵を鋳造することに決したが、何しろ二百年も前から伝はる錠前なので到底今日のものでは役に立たぬことが解つて改めて、入念の家探しに没頭してゐる時だつた。
森の屋敷は鬱蒼たる針葉樹林に取り巻れて、大昔の面影をその儘伝へたピラミツド型の斜面を持つた草葺屋根を二棟に分つた館を中心にして、池を囲らせてゐる。館の奥の間には、道中の大名が宿泊する「鶴の間」と称ぶ簾のかゝつた段上の部屋があるかと思へば、見るも怖ろしい丸太格子に区切られた牢屋があり、その壁には悪人の
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