てゐるんですよ。競馬だつてもう目近に迫つてゐるし、ラツキイがとり戻せるんなら、斯んな得なことはないぢやありませんか。」
 堀口や太一郎は、可笑しい程神妙になつて斯んな風に百合子に迫つた。そして自分達の眼のとゞかぬ時は、篠谷側の雇人達を屋敷の中に配置して百合子の動作を監視せしめた。森家の雇人と彼等との間にも百合子を中心にして絶え間のない暗闘が繰り反された。
「お前さんといふ人は、何うして左う強情なんだらう……」
 時々訪れて来る継母も堀口達と一処になつて、百合子に詰め寄つた。「お父様からのそれがお言伝だと云つてゐるのに――蔵の鍵なんてお前さんが持つてゐたつて別段役にもたつわけでもないのに……」
 百合子には彼等の内心の業慾がはつきりと解つてゐるので、滝本等の場合がなくてもそんな甘言に乗る筈はなかつた。さんざんに、意のまゝに、業慾者達を嬲ることが出来るのが思はぬ愉快となつた。
「えゝ、――」と百合子は故意に素直らしく首を傾げたりした。
「前には妾が、お蔵の鍵の番だつたけれど、東京へ行つてゐる間は兄さんに渡して置いたのよ。」
 未だ百合子が云ひ切らぬうちに堀口等は、
「それあ大変だ! ぢや早
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