に道がなかつた。それで今になつて見ると百合子が、あの屋敷に伴れ戻されてゐることは、味方にとつては幸ひになつたわけである。百合子は土蔵の鍵を秘蔵して夜々《よな/\》彼等を導き込む役目を果しつゝあつた。堀口や継母や篠谷達もこれに目をつけて、鍵の在所《ありか》を家探しゝてゐるさうだつたが、そして彼等も亦百合子に依つてそれ[#「それ」に傍点]を尋ね出さうとあせつてゐたが、百合子は飽くまでも空呆けて、
「それはお父さんでなければ解らないわ。G町へ行つて訊いていらつしやいよ。」とはねつけるだけだつた。森の主は、この屋敷に見限りをつけて三駅ばかり離れたG町へ移つて、隠遁の夢をもくろんでゐるだけだつた。そして決して此処に脚踏みしようとはしなかつた。
堀口と継母が百合子を此処に伴れ戻した理由は自づと了解されたわけだつた。
「ねえ百合さん、あんたが鍵の所在に就いては前々から解つてゐるからと父さんだつて左う仰言つてゐるんですよ。整理上とても困つてゐるんですから、そんな意地悪るをしないで渡して下さいよ。」
「それさへ教へて下されば太一郎君の方だつて、一切もう穏便にして、先づラツキイをあなたにお返しすると云つ
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