げん》とかゞ……?」
 七郎が梟のやうな眼をして斯う訊ねると、さすがに太一郎はてれた嗤ひを浮べた。
「期間といふのは、つまりその負債の方のことだがね……」
「ぢや八重の話とは別なんぢやないか、そいつを返しさへすれば済むんだらう。」
「それあ済むさ。然し君も実に解らん男だね。既にもう半年も前にその期間はきれて、それで武一が間に入つて騒いでゐるといふ始末なんだよ。」
「ぢや俺は、今月一杯に金は返すよ。何云つてやがんだい。」
 七郎はカツとして思はず怒鳴つた。太一郎が、金と妹とを関連させて云ひ寄つてゐたことがはつきりと解ると、無性に肚が立つて来て勝手にしろと思つた。
 七郎は、大波にもまれる舟の中にゐる時のやうな、激しい感情を辛うじて圧へながら砂を蹴つて其場を立去らうとした。太一郎が、袖をとらへて何か云はうとしてゐたが、聞えもしなかつた――軽く振り払つたつもりだつた腕が、太一郎の肩先に当ると、バネで弾かれたやうに彼は突き飛んで尻持をついた。
 七郎は振り向きもしないで、我家を指して陸へのぼつて行つた。――すると太一郎は、渚にゐる馬方を声を挙げて呼んだ。
「漁師を怒らせてしまつた。彼等は野蛮だ
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